先日インターネットラジオで、「芸術家の北條日出子さん」と紹介して頂き、改めて世間的に言って、「芸術家」と言う響きが、いかに怪しそうに感じるか、と言うことに気が付きました。

まして、自称芸術家って、どんだけ まっとうには 見えないか!いや、聞こえないのか?

長年、私の肩書は、ステンドグラス作家であり、スタジオ・デコの代表者であり、代表作家でした。

建築の中で仕事をしている時は、スタジオ・デコの北條で、周りの反応は女性経営者であり、営業担当だと、認識されていたようでした。ですから、デザインも、制作も、現場取付けもすべてするとは、思ってもいない様子でした。
たまに、作業着を着て作っている姿を建築会社の人が見て、不思議そうに思われたようです。

その他、日本文芸家クラブや、その他の会でも、ステンドグラス作家として紹介されていました。
ただ、ステンドグラス作家と紹介されますと、ランプやかわいいオーナメント等を作る人のイメージで、自分が思う事と、かなりかけ離れたイメージなので、説明しにくく、そうではないと、否定的な事ばかり言うのも、相手にいやなイメージが、残ってはと、だんだんステンドグラス作家と言うのが嫌になっていました。

では、自分は何者なのか?と、考え「空間アーティスト」と、唱えた時もあります。
これもまた、わかりにくい様で、「建築空間にアート的な表現をします。」と、言ってみても、益々分かりにくい様で、「一般的な芸術家です。」と言う表現に落ち着きました。

でも、これも世間に名前がもっと出ていないと怪しい人になってしまう。
実際、いろいろな仕事をして来ました。

例えば、大阪梅田東通商店街のカラー舗装デザイン。東成区役所内「ふれあいパンジー」の空間レイアウトと窓にはステンドグラスの制作。駅構内の店舗に、西陣の帯地を使ったレリーフや、梅田の地下街の店舗に大理石と金属とブラックミラーを使った地球から見た1日の宇宙をテーマにしたレリーフや、薬屋さんの店舗ビルのエントランスに石と金属とガラスを使った薬をイメージしたレリーフなど、ステンドグラスだけでは表現できない事、いや、適材適所がそれぞれにあります。

確かに、もとはステンドグラスの工房を立ち上げたのが、きっかけでした。

柔らかい光がさす、綺麗で、居心地の良い空間が作りたかったのです。
その場所にいるだけで、心が喜ぶような、爽やかな陽の木漏れ日とか、寒い日の風のない梅の香がするような陽だまりとか、満開の桜並木や、キラキラと流れる清流や、雨上がりの紅葉等の雰囲気を、自然の無い都会に表現したかったのです。

その表現手段の一つとしての、ステンドグラスでした。

昨年、都会の幼稚園の2階に、コスモスの群生を作りました。そこには昆虫たちがいて、優しい光がさし、一日の陽の移り具合により、変化していきます。

昨日、テレビで菜の花がいっぱい咲いている淡路島の映像が映りました。
1995年頃、広大な敷地で、一年中のお花畑を表現出来ないか?と言う仕事の企画が入りました。
当時、出たてのデジカメを下げて視察に行った事が有りました。
結局は、当時有名な建築家のお仕事になったようです。

お仕事も、適材適所だとして、私は建築家に成るべきだったのか?と考えた事もありますが、自分が思う空間に対する直球はやはり、時間がかかった事だろうし、日本の建築業界を考えますと、当時女性で好きな建築が出来る様になるには、もっと難しい環境だったかもしれません。

実際、同世代の女性建築家は、海外での活動が、多いようです。
かなり遠回りはしましたが、そういう枠に入らないからこそ、これからの提案が出来るようにも思います。